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▼ 咎落ち編3

「……隣、いい?」

「はい。落ちないように気をつけてくださいね」

船のマストにのぼって、クロス元帥が乗っていた船が撃沈したと言われている方向を見つめるアレンくんの隣に腰かけた。高いところは嫌いではないからあまり怖いとは感じないし、潮風が心地いい。眼下で次々に船に荷が積まれて行く様子をぼーっと眺めていると、アレンくんが大丈夫ですか?とわたしに問いかけた。

「大丈夫…っていうか、ちょっと複雑な気分なだけ」

「なまえの故郷ですよね、日本って」

「故郷って言っても、もうあんまり覚えてないの。家族のことも、全部」

幼い頃にイノセンスに適合して教団に連れてこられてから、もうどれだけの年月が過ぎただろうか。あの時、一緒にいたはずのわたしの家族は、わたしを引きとめてくれようとしたのか、それすらも覚えていなかった。でも、リナリーのように、全てを捨ててまでわたしを迎えに来てくれる人がわたしにはいなかった。それだけが事実なのだ。帰りたい、と口癖のように出てくるけれど、日本に帰りたいのか、家族のもとに帰りたいのか、と尋ねられたらわたしには答えることができない。母国語のはずの日本語よりも英語の方が自然に出てくるようになったのはいつだっただろうか。それに気付いた時から、忘れないようにひとりの時は日本語を口に出すようになった。あの国に、わたしのことを想ってくれる人がひとりでもいるのかもわからない。わたしの記憶に微かに残った景色が、今もなお、あそこにあるのかも。

「怖い、ですか?」

「………うん、こわい。帰りたいって言ってるくせに、今、すごくこわいの」

「でも僕たちは行かなきゃいけない」

「……わかってる」

アレンくんの右手が、わたしの手に触れる。

「大丈夫、キミは僕がまもります」

自分だって本当はクロス元帥のことで他人のこと気にかけてる場合じゃないくせに。腕だってボロボロで。わたしなんかよりもアレンくんの方がよっぽど大変なはずなのに。うん、と頷くと、突然アレンくんが弾かれたように立ちあがり、叫んだ。

「みんな!!アクマが来ます!!」

その言葉通り、遠くの空を埋め尽くすように、すごい数のAKUMAが群れをなしてこちらに向かってきている。リナリーは今買い出しがてら本部と電話しに行っているから、今この場にいるわたしたちで船とアニタさんたちを守りぬかなければならない。イノセンスを発動して構えるが、AKUMAたちは次々に船を素通りしていく。

「どうして…」

アレンくんと呆然と見上げていると、不意に身体が掴まれ、宙に浮く。

「あ、ホレやっぱしだ!!エクソシストだよ!!黒いからもしかしてって思ったんだ!!」

わたしを掴んでいるのは群れの中の一体で、隣を見ればアレンくんも捕まっていた。マストにいたから捕えやすかったのだろうか。

「ア、アレンくん…!」

「なまえ、僕がなんとかするから動かないで!」

すごい速さで空を飛んでいるAKUMAに掴まれているのだから、下手に動いてわたしひとりで落とされたら死んでしまう。アレンくんの指示にこくこくと頷くと、アレンくんがイノセンスでわたしたちを掴んでいるAKUMAを攻撃した。空中に放り出された身体をアレンくんが右手で引き寄せてくれるが、先程の攻撃ではAKUMAを仕留めきることができず、再び捕まってしまった。しかし、ドン、という衝撃とともにAKUMAが破壊され、再びわたしとアレンくんが空中に投げだされる。

「アレンくん、なまえ…っ」

AKUMAを破壊したリナリーがわたしたちに向かって手を伸ばし、アレンくんがその手を掴んだその時、巨大なナニカが出現し、AKUMAたちはこぞってそれに向かって行く。わたしたちもAKUMAの流れに巻き込まれそうになるが、音速を誇るリナリーの黒い靴の力で救い出され、森の中に着地した。

「は、速いねリナリー。ごめん大丈夫だった?」

「うん!」

「リナリーありがとう……本当に……死ぬかと思った……」

「大丈夫よ、なまえ。私とアレンくんがいるもの」

リナリーがいなかったら絶対わたしもアレンくんも死んでた。抱きついてお礼を言うと、少し笑ってそう言ってくれる男前なリナリー。できればこのまま3人で話をしていたかったところだけど、そんな状況じゃないことはよくわかっている。先ほど現れた白くて巨大なモノに目を向けると、群れとなっていたAKUMAに次々に攻撃されていた。その攻撃の合間で、その白いモノの胸辺りに見えた顔は、わたしもよく知っているものだった。だけどそれが信じられなくて、呆然とそれを見上げる。

「スーマン……?」

「…………なんで、スーマンが、」

リナリーが呟いた名前に、アレがわたしが思い浮かべていた人物だと確信を得てしまった。スーマン・ダーク。わたしたちと同じ、黒の教団のエクソシストだ。だけど信じたくない。そんなの、うそだ。だってあの姿は。

「きゃああああああああああああ」

「リナリー!?」

突然悲鳴を上げて頭を抱えて膝をついたリナリーに、アレンくんが必死に声をかけて落ち着かせようと抱き寄せた。

「なまえ、リナリーが!…………なまえ?」

アレンくんの声が、遠くに聞こえる。どくんどくん、と大きな音を立てる自分の心臓の音がいやに耳についた。がたがたと震える身体を自分の腕で必死に抱き締めるが、落ち着く様子はもなく、ただ震えながらそれを見上げることしかできない。わたしは、アレを、知っている。幼い頃にリナリーと、偶然覗いてしまった実験。今はもう、コムイさんが室長になってからは禁止されているけれど。あの姿は。様子がおかしいことに気づいたのか、アレンくんがわたしの名前を何度も呼ぶ声に気づいてはいるけど、それに何も返すことはできなくて、ただ脳裏にはあの光景が甦っていた。

「咎落ち……し、使徒の…なり…そこない」

わたしと同じ光景が頭を過っているであろうリナリーが震える声でなんとかアレンくんに説明をしようとしている。“また咎落ちだ”と夢に見るほどにこびりついた言葉。咎落ちとは、イノセンスとのシンクロ率が0以下の人間、つまり“不適合者”が無理にイノセンスとシンクロしようとすると起きるもので、“咎”は使徒でない者が神と同調しようとする罪だと、昔説明を受けた。あの時見てしまった実験の中で咎落ちした少年。動けなくなってしまったリナリーと泣きながら、震えながら、お互いを支え合うようにその場から離れたのを嫌になるほどよく覚えていた。だけど、おかしい。

「でも、どうして……?」

スーマンは適合者なのに、どうして咎落ちになったの?スーマンの身に、一体何があったというのだろうか。スーマンに集っていく大量よAKUMAを、スーマンがビームのようなもので一瞬で消し去る。その勢いに飛ばされそうなわたしとリナリーを、アレンくんが身を呈して庇ってくれている。攻撃が一旦やみ、スーマンに会ったことのないアレンくんにリナリーが彼のことを話し始める。奇生型の適合者で、ソカロ元帥の部隊に所属していた。しかし、ソカロ元帥の部隊は先日襲撃に遭い、行方不明となったスーマンを除いて全滅してしまったらしい。貴重なエクソシストが、そんな簡単に。わたしたちはそんなものと戦っているのか。ぞわり、と鳥肌が立った。わたしたちから近い場所に、無差別と思われる攻撃が飛んできて、咄嗟に盾を張った。見境なしに破壊しているところを見ると、このままだとAKUMAを破壊するだけでは収まらないだろう。止めなければいけない。でも、どうやって。

「スーマンを助けなきゃ」

泣きながらリナリーが呟いた言葉に、奥歯を噛み締めた。咎落ちのことは知っている。でも、咎落ちした人がそのあとどうなるのか、わたしもリナリーも知らない。あの後いくらヘブラスカに聞いても教えてはくれなかった。助けることができるのかすらも、わからないのに。今スーマンに近づいていって、無事でいられる保証なんてない。でも、リナリーにとってスーマンは大切な家族なのだ。わたし、だって。実の家族と引き離されて教団にきたスーマンは、他の人たちと違って戦うのを拒否するわたしにも優しかった。あまり素直じゃない人だけれど、わたしの気持ちを否定したことは一度もなくて。そりゃ、帰りたいよなぁ、とどこか遠くを見ながらそう言ったスーマンは、きっと遠い地の家族に思いを馳せていたのだろう。でも、わたしは一体どうするべきなのか。わたしがスーマンを止めることなんて、ほぼ不可能だろう。だからといって、リナリーとアレンくんをふたりで行かせて、スーマンを見捨てて、それでいいのだろうか。スーマンを助けるために立ち上がったふたりは、わたしに船に戻るように言った。ガタガタとわたしの意思と関係なく震える身体を見かねたのだろう。何よりアレンくんは、わたしが死ぬのも戦うのも怖いのだとよく知っている。一緒に行ったって足手まといになるのだから、ラビたちに助けを求める方がきっといい。わかっている。それでも。

「わ、たしも、行く」

震える声でそう絞り出したのは、どうしてだったのだろうか。


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